「ヤブ蚊」の分布域が北上中、気候変動とともに感染症リスクが高まる?
by ウェザーニュース

まだ6月だというのに厳しい暑さとなっていて、今夏も日本に温暖化の影響はあるのか心配です。
温暖化による人への影響としてはじめに思い浮かぶのは、熱中症や循環器系や呼吸器系の疾患などでしょうか。しかし、気温や降水量の変化は動植物にも少なからぬ影響を与え、ひいては動物を介して感染する病気の増加リスクとなります。
今、日本でも生息域に変化が現れ、感染症増加につながるかと注目されているのがヒトスジシマカ、いわゆる『ヤブ蚊』です。知っておきたいヒトスジシマカの変化と適応策について日本大学医学部附属板橋病院救命救急センター科長の山口順子先生に説明していただきます。
温暖化で蚊の分布域が拡大!?
温暖化により、日本でのヒトスジシマカの生息域が北上しているといいます。
「ヒトスジシマカは日本でも一般的な蚊ですが、熱帯から温帯までアジアの広い地域に分布しています。東南アジアの多くの地域では、ヒトスジシマカは郊外に分布していることが多いのですが、温帯地域である日本では都市部での発生密度が高くなっています」(山口先生)
日本の年平均気温は、1898~2024年の間に100年当たり1.40℃の割合で上昇しています。これにともない、ヒトスジシマカの分布が北上する可能性があることが指摘されています。
「年平均気温が11℃以上で定着可能とされていますが、温暖化によりヒトスジシマカにとって適した地域が広がっているのです。
実際に、ヒトスジシマカの生息域は1950年頃までは北関東まででしたが、徐々に北上しており、2015年には青森県(八戸市・青森市)でした。本州全域でヒトスジシマカが生息しているということです。
また、温暖化によりヒトスジシマカが活動しやすい期間が長くなることが問題です。世代数が増加することで生息密度が高くなる恐れがあります。
蚊で大きな問題となるのは媒介する感染症ですが、気温の上昇は蚊体内のウイルス増殖を活発にする可能性があります」(山口先生)
蚊が媒介する感染症のリスク
蚊というと人の血を吸いかゆみをもたらすやっかいもののイメージが強いですが、「人類最大の敵」ともされる生き物です。山口先生が危惧するのも、蚊が運ぶ伝染病です。
「世界に動物や虫を介して人に感染する感染症は多くありますが、なかでも蚊が媒介する感染症は人類の脅威であり続けています。日本で発生、あるいは持ち込まれる可能性の高い蚊媒介感染症として、ウエストナイル熱や日本脳炎、マラリアなど6疾患があります。
ヒトスジシマカが媒介する可能性があるのは、ウエストナイル熱やジカウイルス熱、デング熱などです」(山口先生)
注意したいデング熱とは
デング熱は日本でも感染者が出て話題となることがあります。
「デング熱とは、デングウイルスに感染することで起こる急性の熱性感染症です。感染すると3〜7日の潜伏期のあと、発熱、頭痛、筋肉痛や皮膚の発疹など発症します。ウイルスに感染した蚊に刺されることで感染し、人から人へ感染することはありません。
東南アジアや南アジアなどの地域では、子どもの主な死因の1つです。日本でも毎年200名前後の症例が報告されていますが、ほとんどが海外の流行地で感染し帰国したものです」(山口先生)
「ただし、1943年に長崎、呉、神戸、大阪などで、患者数が少なくとも20万人と推定される流行が起きています。当時は第二次世界大戦中で、外地から頻繁に商用船、軍艦などが入港しており、感染のもととなったと考えられます。
また、2014年には東京を中心に160人の患者が確認された流行がありました。このときは、実際にヒトスジシマカからデングウイルスが検出されています。
ヒトスジシマカの分布域の変化が、すぐにデング熱などの蚊媒介感染症の増加に結びつくわけではありませんが、海外との人的交流が盛んになっていることもあり、感染の可能性が高まることを忘れてはなりません」(山口先生)
温暖化が進むと蚊が越冬する恐れも?
今後もヒトスジシマカなどによる感染症のリスクは高くなると考えられるのでしょうか。
「2030年には、ヒトスジシマカが北海道札幌市周辺、小樽市、苫小牧市、室蘭市、函館市、帯広市などの都市部に定着してもおかしくないという研究があります。
温暖化により、冬が暖かくなることもリスクとなります。卵、幼虫、成虫で越冬する蚊の越冬する蚊の冬季死亡率が低下し、蚊が増えやすくなる可能性があります。例えば都市部で雨水マスが冬季に凍結することが減ると考えられますが、幼虫が越冬しやすくなります。
また、日本国内のデング熱の媒介蚊はヒトスジシマカですが、東南アジアではネッタイシマカが多いです。ネッタイシマカは熱帯・亜熱帯地域に分布しますが、台湾にも生息していて、今後温暖化により日本に北上してくることも考えられます」(山口先生)
蚊の発生を抑え、刺されるリスクを減らす
私たちにできることはあるのでしょうか。
「2015年に厚生労働省から『蚊媒介感染症に関する特定感染症予防指針』が示されたほか、行政では幼虫対策として幼虫調査や発生源対策、国内感染発生時の成虫駆除の備えなどが進められています。
極端に神経質になる必要はありませんが、個人でもできることはあります。
まず、幼虫が殖(ふ)える水溜まりを減らすため古タイヤや植木鉢の受け皿などに注意する、庭木の剪定(せんてい)や下草刈りなど蚊を寄せない環境作りです。実際に1943年のデング熱流行では、防空法により各家に備えられていた防火水槽に蚊が多数発生していたという報告があります。
暑さ対策としてクールビズなど軽装が一般化していますが、半ズボン、半袖など肌を露出した服装での活動が増えれば、蚊に刺さされやすくなります。虫除け剤や蚊取り線香など適切に使用しましょう。
感染症の流行地への渡航の際は、必要なワクチン接種や蚊に刺されない工夫をして、もしも帰国後に異常があればすみやかに医療機関を受診しましょう」(山口先生)
蚊についての正しい知識を得て、生活のなかで対策していくことが大切ですね。
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参考資料
国立感染症研究所「病原微生物検出情報Vol.45 No.8(No.534)」、東京都感染症情報センター「蚊媒介感染症」、環境省「地球温暖化と感染症-いま、何がわかっているのか」、文部科学省「日本の気候変動2025概要版」、厚生労働省検疫所 FORTH「デング熱(Dengue Fever)」
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